少女祈祷中...

数字は語る、しかし勝手に語るわけではない

昭和の主妇の家計簿を研究の材料にしたいと考えておりますが、勉強し直しまして最初に気づきましたのは、帳面は勝手に史料になってくれない、という事でございます。

一円という表記があっても、その一円が配給の値なのか、公定価格なのか、店先の闇値なのかは、帳面には書かれておりません。世帯が堂々と買ってよい品だったのか、書きにくい買い方だったのかも、見えません。日付が毎週埋まっていると、つい物価の話がしたくなりますが、その前に確認せねばならぬ事が山ほどあるわけでございます。

私はこの種の「史料は黙っている」を、この分野の入口だと思っております。黙っているものを叱って喋らせるのが仕事ではなく、喋らせる質問を用意するのが仕事なのでございますね。

二重の価格の中で書かれた行

戦後のしばらく、物価は制度として二重でございました。同じ品に二つの値段が同時に立つ。公定の値と、実際の店先の値が離れていく時期でございます。

そういう時代に「醤油 三十二円」という行を見ますと、私はまず、この世帯は表の値段で買える立場だったのか、里の値段で買うほかない立場だったのかを疑うのでございます。同じ行が、二つの世帯ではまったく違う意味を持ちます。だから家計簿は一冊では読めない。複数を並べて、同じ品目の値段の幅を出さねば、一行の重さが決まらないのでございます。

端数が教えてくれる欠乏

私が密かに好きでございますのは、数量の書き方でございます。「大根二分の一」「砂糖百グラム」「石鹸一つ」といった端数の表記は、売り方が小分けになっていた証拠でございましょう。丸ごと買える時代には出ない言葉でございます。

品目名の羅列も同様でございまして、銘柄名が増えますと、選択肢が回復した時期が引けてまいります。家計簿は物価指数の代用品にはなりませんのに、品目の語彙の変わり目で、手に入ったものが何だったかを教えてくれる。ここが面白いのでございますね。

様式は理想を教える

もう一点、帳面そのものの由来を考える必要がございます。戦後の生活改善の動きや家庭の雑誌は、主婦に記帳を勧め、見本となる用紙の形を配りました。つまり個人の家計簿でございましても、様式のほうは公共の製品なのでございます。

どの欄があり、どこに「その他」を置くかは、その時代の家事の教科書が教えてきた形でございましょう。食費と被服費と交際費の分け方ひとつとりましても、生活の切り取り方が書き込まれている。記入された内容は現実を、様式は理想を語っておる。史料として使えるのは、両者のズレでございます。

消した跡を読む

欄外の走り書き、消して重ね書きした数字、余白の殴り書き。こういう箇所に、様式の想定を外れた生活が出ます。欄が足りなかった、分類したくなかった、見られたくなかった。いずれにしましても、決まりから逸れた行為が、いちばん正直な証言を持つものなのでございます。

私はこの種の痕跡を、最初の読みで捨ててはいかぬと思っております。清書して平均を取る前に、何故そこを消したのかを一行でよいから書きたい。それができないときは、この帳面からは何も言わせない、と決めるのが誠実かと思ってございます。

物価の裏取りはどうするのか

帳面の値段を信用いたしますためには、別の資料が要ります。公定の価格表、行政の公告、新聞の物価欄、配給台帳、そして業界の手引き。これらを並べますと、帳面の一行がどの値段の系列に属しているか、見当が付くようになるのでございます。

私の現在の作業は、この対応表を作る事に多半の時間を費やしております。世帯ごとに帳面を読んでは進みません。まず地域と月の値の幅を押さえ、その幅の外へ出ました記入を異常として拾う。異常のなかに、配給の外の取引が見えてくるわけでございます。

品目の切り替わりに見える生活

もう一本、品目の一覧を作りたいと考えております。米の欄が減り、パンと麺の欄が立つ。和服の反物の記入が消えて、服地の費用や既製の服が増える。石鹸の銘柄が増え、合成の洗剤が現れる。こうした切り替わりは、帳面が書かれた年の食卓とクローゼットを、かなり率直に教えてくれますのよ。

しかもこの変化は、国が勧める食生活や家庭の雑誌の理想と、ずれて進む事が多い。理想が先、現実が後、そして帳面はその中間に有る。私はその中間の速度を測りたいだけでございまして、戦後の日本人が何でも西方化した、といった大仰な結論には、まったく興味がございません。

なぜ書いていたのか

記帳の動機も、史料の読み方へ効いてまいります。貯めたいから書く者、見せるために整えて書く者、補給や申請の手続きのために書く者、生活改善の運動に協力しようとして書く者。動機が違いますと、同じ醤油の一行でも、隠し方と見せ方が変わってくるのでございます。

特に注意したいのは、見せる前提で書かれた帳面でございます。家庭の雑誌へ投稿する形式の催しもありましたれば、整った記入は、その場で理想の形へ引き伸ばされている可能性がある。私は乱筆の帳面のほうが信用できる、と短縮したいくらいでございますが、乱筆にもまた別の欠点がございますので、一概には申せません。

名前の付かない労働

統計の家計調査は世帯主を基準に組み立てられておりますから、女性の名はデータの顔に出ない。収入は家長の給与で、支出を書いているのは家の中の人、という語彙の分け方が、そのまま集計の作りに入っておるわけでございます。

中国語にも、家の財政を握るという言い回しがございまして、私の母がかつて家の出入りを一手にしていたと親戚から聞かされております。これも権限の実体と、記録上の名前が一致していない例でございましょう。母が握っていたのは現金ではなく、帳面と判断だったと聞いております。

私が昭和の主妇の帳面を見たい理由はそこにございます。数字そのものではなく、数字を書いた人が誰で、誰の名で統計に残ったかを確認したいのでございますわ。

帳面を残した人の年齢と立場

もうひとつ自覚しておきたいのは、帳面を書いていた人の年齢でございます。同じ昭和でも、二十代で新婚の世帯と、四十代で子が三人いる世帯では、支出の形がまるで違う。しかも若い世帯の帳面のほうが、引っ越しで失われやすいのでございます。

残った帳面が五十代前後の、落ち着いた家のものに偏りかねませんとしますれば、私が戦後の家計と申します語で描く絵は、自動的に落ち着いた世帯の絵になる。この年齢の偏りは、物価の偏りよりたちが悪いのでございますね。だから私は、世帯の年齢と子のかぞえを、帳面から読めるだけ拾う事にしております。

残らなかった帳面

最後に、地味ですけれど避けて通れない件でございます。現存しております家計簿は、たまたま捨てられなかった帳面です。引っ越し、火災、水害、遺品の整理で、生活の紙くずはまず捨てられるもの。

残ったものは、裕福で、几帳面で、子に恵まれ、帳面を保存する習慣のある世帯のそれに偏っているのかもしれません。その偏りを自覚せずに平均を作りますれば、戦後の日本主婦の暮らしぶりという、存在しなかった一人の人物を発明してしまう。私はそれを避けたいだけでございます。

註を書かせていただきます

戦後の記帳の推奨がどの雑誌から、いつ頃広まったのか、公的な家計調査がいつどの形で始まったのか、その期日と名称につきましては、私はまだ原典で詰めておりません。よってこの記事では、特定の団体名や開始年をわざと書いていないのでございます。

詰め終わり次第、数字と名称を分行で書き直して、どこまでが確認済みでどこからが観察かをはっきりさせた記事にしたいと存じております。史料の読み方を書こうとする者が、自分の史料の所在を曖昧にしておけませんものですから。